「嚙みあわない会話と、ある過去について」辻村深月さんん本の紹介をしたいと思います。
本作は思春期の頃、周りにうまく馴染めず、孤立したり逆に過剰に気にしたりして、無意識のイジメに傷ついていた被害者が、社会人として成功し報復をしてみせる四遍の物語です。
さっそく、この物語の魅力に迫っていきましょう。
「嚙みあわない会話と、ある過去について」辻村深月・感想レビュー
辻村深月さんの短編集です。辻村さんはミステリ小説からほんわかした心温まる物語まで書かれる方ですが、こちらはかなり読んでいて苦しい小説です。何といいますか、人間の、というよりは自分の心の醜い部分を引きずり出されて見せつけられたような気分になりました。それも、自分一人しかいない空間の中で、です。
人間だれしも、弱さや醜さをひた隠しにして生きていると思います。そういった部分は普通、人目にさらしたくないと思うものです。他者からの評価を下げたくない、軽蔑されたくない、今の心地よい人間関係を失いたくない……事情は様々かもしれませんが、人はいつも、他者からどう見られているかを気にしているのではないかと思います。裏を返せばそれは、「人さえ見てなければいい、実際は汚い人間でも仕方がない」と思っているようなものです。
事実私はそれに近いことを思っていました。「本性を現す」という言葉があります。あまりよい意味では使われません。性格の悪さが露呈された時などによく言われます。「本音と建て前」という言葉もあります。誰にだって本性や本音があり、それは必ずしも他者から歓迎されるものとは限らないのです。だから多くの人は自分の本性を隠していると思います。私は、そんなことはもうとっくにわかっているつもりでした。
しかし、この作品を読み終えて残ったのは、自分一人しかいない空間の中で、自分の心の醜さを見せつけられたような感覚でした。他者の目はないのですから、誰に何を思われるというようなことはありません。しかし、他でもない「私自身」がそれを見ていたのです。私は、本当はそんな人間だったのかと思い知らされたのです。
これまでの人生の中で、私は多くの人から多くの言葉をかけられてきました。その中には当然、心無い言葉もありました。言った本人たちはもう忘れているでしょう。その言葉たちは、吐き出された瞬間から消えていった可能性もあります。しかし、私の中には残っていったのです。もしかしたら、私の人格形成にも大きく影響したかもしれません。
では、私は完全なる被害者なのでしょうか。もしそうなら、辻村さんのこの作品は私にとってただただ痛快な復讐劇になっていたでしょう。
残念ながら、そうではありませんでした。私もまた多くの人たちに数々の言葉をかけてきた人間だったのです。そしてその言葉が、その時々の相手の人生にどう影響したのか、現在の私にはまったくわかりません。
私も人間ですから、いつでも本音や本性を隠して生きていられたわけではないと思います。相手を軽視するような言葉や見下すような言葉もかけてきたことでしょう。特に私には教員として勤務してきた十数年間があります。まだ成長過程にある生徒たちに対して、私はこれまでどんな言葉をかけてきただろうかと、思い出さずにはいられなくなりました。
深く考えずに軽い気持ちで言った言葉だからといって、相手も聞き流してくれているとは限りません。相手は傷つき、「その言葉=私の人格」のように考えているかもしれないのです。本当の本性(変な言い方ですが)ではないにしても、私の中にもそういった醜い部分があるのは確かだと思います。
辻村さんの物語は、見事に私にそれを直視させました。そのとき私の目の前に、私を軽蔑する他者はいませんでした。にもかかわらずまったくやりきれない、そんな気持ちになる物語ばかりでした。
では、この作品は一体何なのでしょう。読まなければよかったのでしょうか。おそらく多くの読者はこれを読んで、どこか嫌な気持ちが残ったことでしょう。私もそうです。しかしそれはきっと、少なくとも私にとっては必要な感情だったと思います。
私はこれからも他者と関わって生きていくことになります。悪意も何もなく放った一言であれ、他者にどう影響するかはわかりません。もし悪影響を及ぼしたとしても、「そんなつもりじゃなかった」などという弁解をして、許しを請うようなことはやめておこうと思いました。
「嚙みあわない会話と、ある過去について」どんな作品?
『噛み合わない会話と、ある過去について』は「過去」に向いあう人物たちを描く、辻村深月さんの最新短編集です。その過去とは、「気づかせない振りをした感情」だったり、「許せない相手」だったり……登場人物たちがずっと心に抱えていた過去です。そんな過去に今向き合うと、一体どんなことが起きてしまうのか……。予想通りにはいかない数々の結末を、せひ読んでみて下さい。
・目次
ナベちゃんのヨメ
パッとしない子
ママ・はは
早穂とゆかり
・発売日
2021年10月15日
辻村深月著者紹介
1980年2月29日生まれ。
山梨県出身。
千葉大学教育学部卒業。
2004年に『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しでジュー。
『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞。
2018年には、『かがみの弧城』が第15回本屋大賞で第1位に選ばれた。
噛み合わない会話と、ある過去について まとめ
読み手に思わず自分にも無意識に傷つけていた経験はないか?考えさせられる物語です。この作品は感動作の対極にも関わらず、他者に対する無意識の目には見えない、結果としての深い傷を負わせる行為がいかに残酷かを見事に描かれています
全体的に、この小説は、深い思考を促す作品であり、読者に大きな感銘を与えることでしょう。
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