マイケルの映画上映は6月12日(金)より全国でロードショーが始まります。この映画で主演を務めたマイケルの甥のジャファー・ジャクソン氏ら監督など4名が来日します。
アメリカやヨーロッパではすでに上映され評判になっており、世界累計興行収入は約7億ドル(約1,110億円)と報じられており、音楽伝記映画としては歴代級のヒットとなりました。
マイケルは亡くなってからの十数年間で、35億ドル(約5,300億円)を稼ぎ出したとのこと。米経済誌「フォーブス」によれば、マイケルは『死後も稼ぎ続ける有名人ランキング』でも1位を続けています。
さて、そんな天才マイケルの人生は果たして幸せなものだったのでしょうか?本稿では、
・マイケルの偉業
・ダンスのル―ツ
・ムーンウォークの曲はビリージーン
・白い化粧の謎は白斑という肌の病
・頭に負傷―爆発事故が原因で不眠に
・一流パフォーマー達の不眠の悩み
・2つの裁判結果
7つの章に分けて、彼の人生を解説いたします。
マイケルの輝かしい音楽史に残る偉業
マイケル・ジャクソンは1958年8月29日生まれで2009年6月25日に死亡しました。通称キング・オブ・ポップといわれ、全世界でのCD総売り上げ数は、5億枚を超えると推定されています。
また、マイケルはキャリアを通じて13ものグラミー賞受賞を獲得しています。
中でもアルバム「スリラー」は史上初、全世界で1億5千枚もの大ヒットとなったのです。もちろん、マイケルは音楽史上に残る数々の快挙を成し遂げたのですが、その反面マイケルの悩みもまた深かったようです。
マイケルのダンスのルーツはジャズダンス
日本人振付師でヨーロッパのダンスコンクールでも連続して賞を受賞している振付師の稲吉裕流(いなよしまさる)氏はYouTube上でマイケルの舞踏論を以下のように展開しています。
稲吉氏によれば、マイケルのダンスの特徴は、「ストリートダンスにジャズダンスの要素を融合し、エンタテインメントとして完成させた点」にあると言います。実際マイケルが敬愛していたのは、タップの名手でもあったフレッド・アステアやジャズダンスの最高傑作『オールザットジャズ』でも知られる振付師・映画監督のボブ・フォッシーでした。
また、2人の振付師たちもマイケルのダンスに影響を与えました。「Beat It」や「Thriller」を手掛けたマイケル・ピータース、「Bad」を担当したグレッグ・パージのお2人です。彼らはジャズダンスの聖地「ブロードウェイ系のダンス」の振付師です。
ダンサーの藤吉さんは、マイケルの身体の使い方の特徴をこう話す。「クラシックバレエのバリシニコフのような(筋肉の)使い方でなく、黒ヒョウのような(しなやかな筋肉の)使い方」と表現しています。
実際、「Bad」のダンス にはジャズダンスの特有の滑らかさや緩急が色濃く表れています。マイケルの動きのしなやかな美しさや微妙さは単なるストリート系のダンスのみでは説明できず、ジャズダンスの影響を受けていたと考えられるでしょう。
ムーンウォークの曲はビリージーンでタップダンスの流れをくむ
そして、1983年に発表されたBillie Jeanの曲に合わせて踊るムーンウォークはタップダンスの要素を取り入れたステップで、前に歩いているように見せながら、後ろに滑るといったもの。発表当時、一大ブームを巻き起こしました。これも、マイケルは様々なダンスに興味があり勉強をしていたでしょう。
また、マイケルは敬愛するミュージカルスターのフレッド・アステアにムーンウォークの手ほどきをいたとのが残っています。
マイケルは肌の白斑(はくはん)の治療を受けていた
マイケルは「なぜ肌が白くなったのか?」が話題となってきました。一部では、「自ら肌を脱色したのではないか」といった報道も繰り返されていました。
しかし、マイケル本人は1993年にジャーナリストのOprah Winphfreyによるインタビューの席上、白斑という皮膚疾患であることを公表しました。そして2009年のマイケルの死後に行われた検死報告で、医学的に確かに病気であったことが明らかになったのです。
(2009年8月29日、LA Times Jackson’s death ruled a homicide)( acute propofol intoxication)
マイケルの元妻からマイケルが白斑の治療を受けていた証言もあります。
LA Times 2013 /8/15(”Debbie Rowe : Jackson felt like Elephant Man, chose to ‘depigment’ skin”より」
1984年のCM撮影時の爆発事故で、ひどい不眠症に
ロスアンゼルスタイムズ紙のまとめ記事の中には、専門家(シュノール医師)の報告で、マイケルは麻酔薬プロポフォールを使用していたことを認めつつも、「薬物中毒とは断定できない」と証言しています。
Los Angels Timesの記事の中にAddiction Specialist :’I don’t know ‘if Micheal Jackson was a drug addict”.(マイケルジャクソンが薬物中毒かどうかはわからない。 20136月3日)
但し、1984年ペプシCM撮影中に起きた爆発事故で起きた頭部の大やけどの後遺症は死ぬまで続いたようです。晩年は、手術の際に用いる麻酔薬(プロポフォール)がなくては眠れないほどになったよう。
その症状への対処するため興行主であるAEGライブに雇われたのが、マレー医師です。そのAEGライブ側は多額の損害賠償が発生するため「医師を雇ったのはマイケル側」との主張を貫きました。
ただ、この件とは切り離しても、People comなどの報道によれば、マイケルはひどい不眠症に悩んでいたのは事実のようです。(How Did Michael Jackson Die?Inside the King of Pop’s Final Moments, 17 Years Laer]2026 /4/28 People誌)
で“He had been suffering from chronic insomnia“
(彼は慢性的な不眠の症状に苦しんでいた)とあります。
昼間リハーサルをして夜に、ステージに立つマイケルをはじめとする一流のパフォーマーたちは皆さん、不眠の悩みを抱えていらっしゃるようですね。
一流パフォーマー達を悩ませた「不眠」
エルビス・プレスリー
最も有名な例のひとりはElvis Presleyです。
昼夜逆転の生活、長年の睡眠薬依存が続き、ステージ後の覚醒状態は酷かったとされています。
ホイットニー・ヒューストン
whitney Houstonはツアー後の不眠、神経の高まりに苦しみ、薬物依存の関係が報じられてきました。
レディー・ガガ
Lady Gagaは、比較的オープンに
・ツアー後に脳が止まらない
・神経が昂る
・数時間しか眠れない
などと言っています。
夜間公演という特殊な生活リズムそのものが、身体と神経に大きな負担をあたえるのでしょう。
その中でもマイケルの場合は
・完ぺき主義的な性格
・ダンスと歌を同時に行う超高強度ステージ
・世界ツアーによる時差
さらに復帰ツアー「This is It」では50公演という長期契約も予定されていました。50歳前後の年齢で体と頭をフル回転させながらのステージ作りには無理があったような気もします。
マイケルがもしも完璧主義者でなければ、死ななくても済んだのかもしれません。そう考えてしまうファンも多いのも無理はありません。
マイケルの2つの裁判の結末は?刑事訴追には至らず、そして無罪の評決も
マイケルのスキャンダルの中で一番マスコミによって大きく報道されたのが、2つの刑事事件、1993年案件と2005年案件です。
これらの報道は、長年にわたりマイケルの人格やイメージに深い影響を与えました。
1993年案件
1993年には、少年に対する性的虐待疑惑が浮上し、刑事事件には至らず、最終的には立件は見送られています。(国会図書館請求番号AU-711-J8)
また、一部海外メディアでは、その案件で証言した少年が、マイケルの死後「父親に虚偽の証言をするよう求められた」と語ったと報じられています。
2005年裁判(2003年案件)
少年側の証言内容の信ぴょう性や矛盾点も争点となり、5ヵ月に渡る審理の末、マイケルには14の容疑すべておいて無罪評決が言い渡されています。(The Guardian[Michel Jackson : the verdicts in full])
現在でもマイケルの報道は続いていますので少なくとも法的事実としては、
・1993年案件は,刑事訴追には至らなかった。
・2005年裁判では14 もの容疑は全件無罪判決が出たという点は確認されています。
まとめ 死後も語り継がれるマイケル
Michel Jacksonの類稀なる才能については疑いの余地がありません。でも、一方「奇人」「変り者」というレッテルもあるのは事実。
死ぬ直前まで続いたマイケルに対するバッシングについては、マイケル自身「僕は怪物なんかじゃない、ひとりの人間だ!」と語っています。
2003年前後に“I am not a freak,I am a human being(僕は怪物なんかじゃない。一人の人間だ)”
マイケルの子ども達に対する愛は、ネバーランド設立や、慈善活動にも表れています。 「最も多くの慈善団体を支援したポップスター」としてギネスに認定されています。また、後年のいわゆる薬物依存問題は、単なる“奇行”として片づけるのではなく、長年の精神的身体的なプレッシャー(負荷)との関係を考える必要があるでしょう。
ただ、性的虐待疑惑については、刑事事件として立件されなかった案件や、無罪評決となった裁判が存在することも事実です。
マイケルの死後もMichel Jacksonをめぐる評価と論争は、時代を超えてくりかえされています。
それでもなお、数多くの証言や資料に向き合いながら、その功績と実像を冷静に見つめ直そうとする動きは今も続いています。

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